大判例

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東京地方裁判所 平成11年(ワ)20711号 判決

原告 石田成陽

被告 株式会社朝日新聞社

右代表者代表取締役 箱島信一

右訴訟代理人弁護士 秋山幹男

主文

一  被告は原告に対し金三〇万円及びこれに対する平成八年九月一九日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決の一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は原告に対して金三〇〇万円及びこれに対する平成八年九月一九日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実

1  被告は日刊新聞「朝日新聞」を定期に発行、販売する会社である。

2  被告は平成八年九月一八日付朝日新聞千葉県版朝刊に、原告を被告人とする千葉地方裁判所平成八年(わ)第九〇七号麻薬及び向精神薬取締法違反、関税法違反被告事件(以下、「原事件」という。)について同裁判所が平成八年九月一七日に宣告した判決に関して、以下のような文言を含む記事(以下、「本件記事」という。)を掲載した。

見出し 「オウム信徒に懲役一〇年判決」

本文中の文言「オウム真理教徒の石田成陽被告」

「判決によると、石田被告は六月二二日、売りさばく目的でポリ袋に小分けしたヘロインを腹巻きや靴、ボストンバッグの中に隠して持ち込んだ。」

本件は、本件記事が<1>原告をオウム真理教徒であると報道した点、<2>原告が所掲の薬物を売りさばく目的を有していたと報道した点で、事実に反するものであり、原告がこれにより名誉を毀損されたものとして被告に損害賠償の請求をする事案である。

二  争点

1  「オウム真理教徒」との記事の記載について

(一) 特定人をオウム真理教徒であると報道することがその社会的価値の低下をもたらすかどうか

(二) 原告がオウム真理教徒であったかどうか

(三) 被告が原告をオウム真理教徒であると信じるについて相当の理由があったかどうか

2  「売りさばく目的」との記事の記載について

この記載により、原告が薬物を継続的ないし常習的に売買する者(いわゆる「売人」)である等との印象を付与するものであるかどうか

三  当事者の主張

1  原告

(一) 争点1について

(1)  オウム真理教が起こしたとされるいわゆる地下鉄サリン事件以降、オウム真理教及びその信者に対する社会的評価は低下し、現実に、信者の住所変更について自治体により転入届の受理が拒絶されたり、信者が取得ないし所有するに至った施設が周辺住民により監視を受けるなどの事態も生じているほか、相当多数の国民がオウム真理教の活動について不安を感じているとの世論調査結果も見られる。

したがって、オウム真理教徒と報道されることは、その社会的価値の低下を招くことは明らかである。

(2)  原告はオウム真理教に対して平成六年一二月までの会費を納めたものの、それ以後は同教団との関係を一切絶っており、原事件当時、オウム真理教徒ではない。

(3)  被告は、原告が原事件につき起訴された際の千葉地方検察庁検事の記者会見において原告をオウム真理教の信者であると認定しているとの発表があったことをもって、被告が原告をオウム真理教徒であると信じるについて相当の理由があったというが、それ以外には、右発表内容の裏付け取材もせず、単に、オウム真理教に対して照会しても信者と認めるとは考えられないという主観的判断により右発表を信じたにすぎない。

また、そもそも、右千葉地検検事の発表内容も原告が脱会届を提出していないという事実に基づくものであって、客観的な根拠に基づくものではない。

このような発表を信じたとしても、被告について原告がオウム真理教信者であると信じるについて相当な理由があったとはいえない。

(二) 争点2について

売りさばく目的との表現は、多数の客を相手として売りつけることを意味し、読者に対して原告があたかも売人であるかのような印象を与える表現であるが、原告は単に薬物を運搬するなどの役割を負ったものと認定されているにすぎない。

2  被告

(一) 争点1について

(1)  本件記事掲載当時、オウム真理教の信者一般が犯罪者と同一視されていたわけではない。オウム真理教信者に対する転入届の受理が拒絶されるなどの事態が発生しているとしても、それは信者等の教団関係者が集団で教団活動を行うことに対する懸念から生じているのであり、個々の信者が信者であるというだけで転入届の受理が拒絶されているわけではない。

(2)  原告は、平成六年以降オウム真理教の主催する会合等に出席しなくなったとしても脱会手続を経ているものではなく、また、原事件発生当時、同教団のパンフレット等を所持していたものであり、信者としての身分を有していた。

(3)  原告が起訴された際の、千葉地方検察庁検事の記者会見において、報道各機関の記者に対して原告をオウム真理教信者であると認定している旨が発表されており、本件記事はこれに基づくものである。

右は原事件について捜査及び起訴をした機関の事実認識であるから、これを信じたとしても相当の理由がある。

(二) 争点2について

売りさばく目的とは、原事件判決に述べられた「営利目的」を分かりやすく言い換えたものに過ぎず、この表現から直ちに原告が売人であるとの印象を与えるものではない。

第三裁判所の判断

一  (争点1について)

1  (特定人をオウム真理教徒であると報道することがその社会的価値の低下をもたらすかどうか)

本件記事掲載当時において、既に、オウム真理教の構成員がいわゆる地下鉄サリン事件と称する東京都内の地下鉄にサリンを散布して多数の乗客を殺傷する事件その他人身に被害をもたらす多数の凶悪事件を引き起こしたものとして、多数の刑事裁判が係属していたこと、そして、こうした事件の発生以後、事件そのものの経過及びこれにともなう刑事裁判の過程が各種報道機関によって広く報道されることによって、オウム真理教の教団が組織的に殺人などの重大な犯罪を行った団体ではないかとの確信に近い疑惑が一般化していたこととの各事実は顕著な事実であると言える。

更に、甲第二ないし第六号証、第九号証によれば、右のような事情を背景として、本件記事掲載当時、オウム真理教が世間一般において危険視され、警戒心を抱かれていたのみならず、同教団の信者が新たに新住居として転入届を提出しようとした際等に、近隣の住民との間で軋轢を生じたり、場合によっては、激しい反対運動が展開されるなどした結果、地方公共団体においても、転入届の受理を拒絶するなどの具体的な事態が発生していることが認められる。

これらの事実を総合すると、個人がかかる教団の一員と名指しされれば、通常その者の社会的評価は相当程度失墜するものと認められるから、原告をオウム真理教信者である旨を述べる記事は、原告の社会的評価を相当程度低下させるものというべきである。

なお、本件記事の体裁を見ると、その見出しに「オウム信徒に懲役10年判決」と掲載されており、原告の身上の中でオウム真理教徒であることが強調されているものというべきであるから、その点で、本件記事が原告をオウム真理教徒であると記載したことにより原告の社会的評価に対する影響も少なからざるものがあると言える。

2  (原告がオウム真理教徒であったかどうか)

乙第一号証によれば、原告は平成四年にオウム真理教に入信し、その後、同教団に対して会費を支払い、説法会に参加するなどオウム真理教の教徒として活動していたこと、原事件により検挙された当時も同教団の会員証、ビデオ、パンフレット、案内状などを所持していた事実が認められる。

しかし、他方、甲第一一号証、第一四号証、第一五号証、乙第一号証および弁論の全趣旨によれば、もともと原告は教団の活動への参加が積極的ではなく、遅くとも平成六年一二月以降、原告は特別な脱会手続を経てはいないものの、会費の納入を止めて、説法会等への参加もしなくなったとの事実を認めることができ、また、その他前記のような同教団が引き起こした各種の事件に関与したことをうかがうべき事情もない。

もとより、人が特定の宗教団体の信者であるかどうかを判断するにはその者の内心の信仰、信条にわたる側面もないわけではないが、基本的には宗教団体の構成員としての実質を有するかどうか、あるいは、少なくとも信者としての行動を取ったかどうかといった客観的な事情から推認するのが相当であって、その見地から前記事実を見ると、原事件の当時原告がオウム真理教徒であったとの事実を推認することはできず、他に被告主張の事実を認めるに足りる証拠はない。

3  (被告が原告をオウム真理教徒であると信じるについて相当の理由があったかどうか)

乙第二号証によれば、この事件が起訴された七月一二日に、被告の記者を含むマスコミ各社の記者に対して、千葉地検の次席検事から、本件についてレクチャーが行われたこと、その際、次席検事から、当の時点では原事件がオウム真理教の組織的犯行との証拠は見あたらず、教団がらみの犯行とまで断定できる証拠は得られなかったものの、同地検としては、原告がオウム真理教信者であると認定したとのコメントがあったとの事実を認めることができる。

しかし、他方、同号証及び弁論の全趣旨によれば、被告はこのコメントをそのまま本件記事における原告の身上に関する記事として採用したものであることが認められ、一度も原告や原告の身辺の調査やオウム真理教に対する照会等の裏付け調査がされた形跡をうかがうことはできない。

一般に人の社会的価値を低下させる事実を含む記事を掲載する場合、それが本件記事のように犯罪事実そのものではなくその身上等に関する事実であっても、特別の事情がない限りは当該事実について相当の裏付けとなる調査をするべきであって、記事の記載が客観的事実に反していた場合、単に捜査当局その他の公的な機関の発表をそのまま採用したというだけでは、真実と信じるについて相当な事情があったということはできない。

そして、本件の場合、前記被告記者が得たコメントの内容から推測すれば、原告本人はオウム真理教徒であることを否定していることが推測される(甲第一一号証及び第一四号証によると、現に、他の報道機関にあっては右のような原告の供述内容から原告の身上について「オウム元信者」と記載するかあるいは原告の身上に関する供述をそのまま記載するなどの配慮をしていることがうかがわれる。)。しかも、本件記事は、逮捕時ではなく、判決時の記事であるから、時間的に見ても原告の身上については十分な裏付け調査が可能であったというべきである。

以上によると、本件被告が原告をオウム真理教徒であると信じるについて相当の理由があったということはできない。

二  (争点2について)

本件記事が原告について「売りさばく目的」と記載した点は、あたかも、原告自身が第三者に対してヘロインを有償で譲渡する目的を有していたこと、すなわち、被告人がいわゆる売人であるとの印象を与える可能性を有することは否定できない。

しかしながら、甲第一三号証によると、原事件に対する判決において、原告のヘロイン所持について「営利の目的」が認定されたことが認められるところ、「営利の目的」とは有償譲渡を含む財産上の利得を得る目的を指称する概念であるが、その表記は必ずしも一般的に浸透したものとはいえず、これを典型的な場合の表現として「売りさばく」と表記しても不当とは言えない。そして、本件記事内容は「売りさばく」目的とはしているものの原告自身が売りさばく目的を有していたと断定しているわけではなく、最終的に被告人が所持していたヘロインが使用者に対して有償譲渡されるものであることを表現したものであるということができる。

したがって、本件記事が「売りさばく目的」と記載した点は事実に反する表現であるとは言えない。

三  以上によると、被告が本件記事において原告を「オウム真理教徒」であるとした点において、被告は原告の名誉を毀損したものとしてこれにより原告が受けた精神的苦痛を慰謝するべき責任があるというべきであるが、その金額としては、本件記事の記載内容その他本件に表れた事情を考慮すると金三〇万円をもって相当と認められる。

よって、原告の請求は主文の限度で理由がある。

(裁判官 神坂尚)

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